武漢コロナウイルスによる國難打開のために


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武漢コロナウイルスによる國難打開のために、建國以来の歴史に学び、全國の神社・仏閣に國家國民が一丸となって國難打開の祭祀・祈願を行ふべきである

第26回楠公研究会

『政治文化情報』四月号の「皇都の一隅より」の拙文にも書かせていただきしたが、東京及び東京近辺の大神社、大寺院が今回の国難打開のための祭祀、祈祷會、法要を行ったという情報がありません。

多くの神社仏閣がお祭りや法要を中止或は小規模にしたということを聞くのみでした。

本来なら国難打開の大法要そして救済活動を行なうべきなのに、毎年正月三が日には多くの参拝者でにぎわう即ち莫大な額のお賽銭が入る大寺院は僧侶を自宅待機にしたということを聞いて、少々呆れてしまいました。

どこかの教団の名誉会長とかいう人はまるで生き仏・生き神・世界の救済者のように崇められていますが、今回の国難で具体的にどのような救済活動をしたのかは全く報じられていません。本人が病身なのでやむを得ないとは思いますが…。

既成宗教にしても新宗教にしても新々宗教にしても内紛・後継者争いの無い宗教は無いと言っていいと思います。

もっともキリスト教も仏教も回教も、内紛、近親憎悪の歴史であったと言っていいと思います。

殺し合いすら行っています。これはどうしようもないことでしょうか。

この度の苦難を乗り切って、人類全体が真の平和を実現することを望みます。

後土御門天皇は、明応四年(一四九九)に次のやうな御製を詠ませられた。

「伊勢にごりゆく 世を思ふにも 五十鈴川 すまばと神を なほたのむかな」

この御製は聖天子の篤き祈りの御歌である。

いかなる濁れる世、乱世であっても、否、さうであればこそ、上御一人日本天皇は、神への祭祀、祈りを深められた。

そしてその事が、日本國再生の基となった。

今日の日本も「にごりゆく世」である。また文字通り有史以来未曽有の國難に遭遇してゐる。

今こそ、祭祀主・日本天皇の御稜威の下、本来の日本の清き姿に回帰し困難を打開しなければならない。

今日の疫病猖獗などの國難打開のために、建國以来の歴史に学び、全國の神社・仏閣に國家國民が一丸となって國難打開の祭祀・祈願を行ふべきである。

わが國においては、大化改新、建武の中興、明治維新等の大変革が實現する直前に内憂外患に見舞はれ、國家の存続すら危ぶまれる状況において、全國民が一体となって、神仏への祭祀と祈願を行った。

そして危機を打開し、維新変革を實現してきた。

今日においても歴史に学ぶべきである。

ところが、今日に於いては「現行占領憲法」の亡國的制約によって、國民的規模・國家的規模の國難打開の祭祀も祈祷も行ひ得ない状況になってゐる。

これを根本的に改めなければならない。

「大嘗祭は神人合一のみ祭りではない。

現行憲法のの象徴としての行事だ」などというそれこそ妄説が皇室崇敬の学者から出されるような状況は実に悲しむべき事であります。

【四宮政治文化研究所・四宮 正貴先生の投稿から頂きました。】

第26回楠公研究会



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